渋谷で働く社畜の告白

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お金についての考察。パート1 お金とは何か?

お金とは『貸借関係の記録』である。

 

貸借関係とは言葉の通り貸し借りの関係である。貸し借りの記録がお金なのだ。

 

私はお金を増やしたいと思い投資を始めた。しかし増やしたいと思ったそのお金について私は何も知らなかった。そのせいで間違った政治思想を支持したこともある。今日はお金について書きたいと思う。

 

お金とは何かについては大きく二つの考えがある。商品貨幣論と信用貨幣論である。驚く事にこの言い争いは1000年以上続いている。

 

商品貨幣論とは簡単に言えばお金をゴールドとする説である。だから紙幣は金との交換券だと説明する。金本位制はこの考え方だ。この論の強みは何よりわかりやすいことである。

 

しかしこの説は致命的な弱点がある。それは現在の世界に金本位制を採用している国が『ない』ということだ。この世に流通しているありとあらゆる貨幣はゴールドとの交換が保証されていないのである。しかし世界経済は発展を続けているし、貨幣は交換手段として用いられている。商品貨幣論は理論はわかりやすいが現実を説明できないのだ。

 

一方信用貨幣論はお金を貸借関係の記録だと説明する。この論の強みは現実を見事に説明できる事だ。しかし弱点がある。それはわかりづらいことである。

 

信用貨幣論が説明するお金とはこうである。

 

例えば私が服を買いに行ったとする。欲しい服があった。一万円だとする。しかし月末で私には一万円が手元になかった。私が買うのを諦めようとした時、洋服店の店長が

 

「来月の給料日に払うと借用書書いてくれるなら、お代はその時で結構ですよ」

 

と言ったとする。その店長は私が勤続20年の公務員だと知っていて、来月になれば私が必ず一万円を払えると信用している。私がその提案に乗り「来月一万円払います」と借用書を書いてお金の代わりに渡して洋服を買ったとする。この時の借用書はお金の代わり、つまりお金なのだ。この時の借用書(お金)は私が来月払うという信用を担保に発行した事になる。

 

これを信用創造という。

 

その借用書は私にとっては来月一万円を払わなければならない負債だが、店長にとっては来月一万円を貰える債券だ。つまり貸借関係の記録である。

 

しかしいくら私が顔が広くても私を知る人間には限界がある。私を知らない人間にとって私の借用書などなんの価値もない。しかもいくら公務員だといっても来月の給料日に一万円を確実に用意できる保証があるわけではない。踏み倒される可能性もあるのだ。

 

つまり万人が信用していて、デフォルトしないかデフォルトする可能性が極めて少ない借用書だけがお金として流通する。つまりそれは政府の負債、つまり国が発行する紙幣という事なのだ。

 

わかりづらい。

 

しかしこの信用創造こそが現代のお金の本質なのである。なので次回は信用創造について説明したい。

 

ここまで読んでくださりありがとうございます。ちなみに私は公務員ではありません。